20%禁パチ我慢

パチンコする為なら、火の中水の中。
パチンコする為なら、雨が降ろうと槍が降ろうと。

俺はそんな生活をしていた時が実際にある。

その「例え」を実際に具体化・数値化してみると何が見えるのか?

自分がどれほどのパチンコ執着心があるのかわかるかもしれない。


パチンコを打つ為なら何分の距離を通えるか?



まずは、パチンコ店が遠いケースを想定してみる。
パチンコする為に片道何分なら通えるか?って事だね。

30分程度なら簡単にパチンコ依存症をやっていけるはず。
俺はよく行くパチンコ店まで15分ぐらいだった。

問題となるのは、
1時間、2時間という時間が掛かる距離でも通えたか?って事。

もしも「それでもパチンコする」と考えるならば、
パチンコ依存度は強いかもしれない。

俺も時々行くパチンコ店はちょうど40分程度の距離だったけど、何度でも通ってたな。。。


だから、

パチンコ店まで何分程度の距離なら通えるか想像してほしい。


はっきり言ってさ、
禁パチの富士を越えても「パチンコをしたくなる」というタイミングはある。

でもさ、

それってパチンコ店が近いから。
身近すぎるから。
目に入るから。
という「敷居の低さ」が一番大きいと思うんだよな。

禁パチを続けると、
そんな遠い所までわざわざパチンコの為に?
じょ、冗談だよな?
という感情になる。


パチンコの為なら普段よりも早起きできるか?



パチンコを朝から打つ為なら、いつも起きる時間よりも早起きする。
こんな事、パチンコ依存症なら当たり前のようにできる。

いつもは朝の目覚ましを2回3回とセットしているような人でも、
パチンコの目覚ましは1回で起きる。

いや、

鳴る前に起きる。

そう。

全てはパチンコの為。

パチンコ依存症の本人も、
「なんでパチンコの為なら早起きできるんだろう?」
なんていう状態。

枯渇した脳からの「パチンコをさせろ」の命令で覚醒してんだ。
睡眠欲求なんて地に落ちる。

禁パチを続けると、
何?今日は休みだからもう少し寝かせてくれよ!え?パチンコ?
そんな物の為にわざわざ起こしたのかよ!あほか!
という感情になる。


パチンコの為なら



このテーマで記事を書き始めて、少し後悔している。

だってさ、

パチンコ依存症ってのは、
全ての物事の頂点に「パチンコ」がきてしまう。
とても全てを想定しきれない事に気付いてしまったから。

「パチンコの為なら使ってはいけないお金に手を付ける」
「パチンコの為なら体調が悪くても打ちに行く」
「パチンコの為なら飯を我慢して打ち続ける」
「パチンコの為なら嘘を言う」
「パチンコの為なら他人はどうなっても構わない」
「パチンコの為なら?」

もうね、

わかったよ。

「パチンコの為に生きてる」

そんな状態なんだろう。

俺がパチンコに依存していた十数年。
大半を「パチンコ」していた。



普通の人生を送っている人は、
人生のイベントで歴史を感じる事ができる。

でもパチンコ依存症は、

「○○があったのは○○の新台が登場した頃だよな?じゃあ200X年頃じゃないか?」

という具合だよな。


パチンコの為に生きていたら、
何も残らないんだよ。

今、

パチンコの為ならなんでも頑張れてしまう状態にいるのなら、
頑張るのはそれじゃない。

「パチンコの為なら・・・」という力があるのなら、努力できる人間だって事。

例えパチンコの為だったとしても、きちんとパチンコ依存症やってこれたんだろ?

その力を別な事に変えれた時、きっと幸せになれる。


今日も財布の金は減らない。

俺の禁パチ人生の展望
まずは「借金問題を解決する」こと。
そして「禁パチ中の暇を埋める」こと。
同時に「仕事の悩みを解決する」こと。
そして「将来に向けたお金の計画」を考える。


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