0%禁パチ我慢

パチンコのヤバさの一つに年中無休って事があるんだよね。

「明日こそ」「来週こそ」「来月こそ」

って、悔しさをぶつける事ができる日はいつでもできるわけだ。

天候も祝日も一切関係ない。

パチンコにのめり込むという事はどういう事なのか。




それは、

飼われるという事。

店に飼われる奴もいれば、台に飼われる奴もいるし、パチンコそのものに飼われる奴もいる。



パチンコの玉を流す時に、

「明日は○○なのでよろしくお願い致します」

というアピールまでしてくる店も多かった。

パチンコ中毒者をなんとしても自分の店に呼び込む為。



そして、

少数の台だけ出玉のアピールをして、

出している印象でも植え付ければセット完了だからね。

「この店は出る」

と思わせれば、

それなりの営業をしているだけで勝手に人が集まる。

もうそれで十分。

何年もかけて一人の人間から数百万円を絞り取る事だって簡単だからね。

常連を作る事にどんな事でもする。



客は単細胞だから
「いつか勝ってやる」
「今までの負けを取り返してやる」
「今年は勝つぞ」
そんな風に考えて一生懸命通う。

実際、本当に「勝たせてあげる」のがパチンコの真の怖い部分なんだよ。

さらに客は錯覚する。
「この調子で勝ち続ける」
「俺は上手だから勝ち続けられる」
「俺は良い台を選ぶのがうまい」
などと勝手に舞い上がってくれる。



もう、

絶対に無理なのに。

そんな自信なんて、

店がちょっと絞れば、

一瞬で吹いて飛ぶような脆さなのに。

気付かない。

「今日は運がなかっただけ」
「明日リベンジだ」
「惜しかった」
などと頭の中はお花畑だ。



それでも、

たしかに負けた瞬間だけ、
「この店は信用できない」
「連日は出すことはない」
「店を変えようか」
などと考えてはいる。



なぁに、

寝て起きればまた自然と通うだけ。
会社が終われば一目散に向かうだけ。

そうやって、

小さな飴をもらった事が頭から離れないから、
せっせと稼いだ金を運ぶ。

飼われているからね。

自分で選択しているような錯覚のまま。

いつか勝ってやるって思ったまま。

そして、

終わる。

自分の金が尽きたのか。

自分の命が尽きたのか。

いずれにしても、

簡単に終わる。



残るのは、

悔しさ、惨めさ、不甲斐なさ。

もう人生に選択肢はない。

費やしてきたパチンコ人生。

ここで引けるか!

借金、離婚、詐欺、犯罪。

隣り合わせの人生をギリギリの所で生きる。

パチンコはもちろんやめない。



これは、一部の人間の話なんかではない。
のめり込んだ奴の過半数の行き着く話。

「いつか勝ってやる」

というパワーをもしも禁パチに使ったら、必ず人生は好転するのにね。

いいんだよ。

やらせておけよ。

俺たちは禁パチを選択した者なんだ。

パチンコで車を納車したり、家を建てる奴なんていない。
禁パチして車を納車したり、家を建てる奴はゴマンと居る。

これが全て。

これが事実。

これがリアル。


今日も財布の金は減らない。

俺の禁パチ人生の展望
まずは「借金問題を解決する」こと。
そして「禁パチ中の暇を埋める」こと。
同時に「仕事の悩みを解決する」こと。
そして「将来に向けたお金の計画」を考える。

死ぬときに後悔すること25
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大津 秀一
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