0%禁パチ我慢

こうやって日々禁パチについてブログを書いていると、
「パチンコ」自体を忘れられないじゃーん!

って思われるようだ。

今日は全力で言い訳をしたい。

別にそれが間違っていようが貫ける意思を示したい。




まずさ、

「パチンコを忘れたほうがいい」

のか?


いいえ。

俺の答えはノーです。

パチンコで地獄を見たんだ。

決して忘れてはいけないと思う。



これから引き合いに出す話は、
次元が違うから怒られるかもしれないけど、
理屈は一緒だと思うんだよ。

それはさ、

「戦争」

だよ。


なぜ教育の現場では「戦争」を忘れてはいけないと教えるのか?

何年も前の話なのに、忘れない方がいい理由は何なのか?

俺が言わなくてもわかるよね。

そんなこと。



「同じ過ちを繰り返さない」



これが答えだよ。

もうね、

ホント、

比べてごめんなさい。って気持ちなんだけど続ける。




もちろん程度の差はあるよ。

俺のような地獄を味わった人、

パチンコがただ馬鹿らしくなった人、

パチンコがつまらなくなっただけの人。



その全員に「同じ過ちを・・・」と言っても重すぎるよね。

でもさ、

俺にとっては地獄だったんだよ。

俺が次にパチンコをするって事は過ちだけではすまない。

もう「死んだほうがマシ」だと本気で思う。



そんな思いまでしてきたのに、

「パチンコを忘れる」だなんて、

死刑と同じだよ。


子供の頃、近所のじいちゃんも「戦争」の話を鮮明に話してくれた。

まるで昨日の事のように。

心の片隅に常に覚えていなければあそこまで語ることは無理だよ。



俺は今、

禁パチしているおっさんの自己満だらけの糞ブログで「戦争」まで言い始めた事に後悔している。

だが続ける。



俺自身がじいちゃんになった時、

もしも孫がパチンコにハマったらぶん殴って帰ってくる自信がある。

「俺が見た地獄を孫にまで見せてたまるか」と。



俺のことを「いつまでも禁パチを語ってる馬鹿」だと思っている奴がいたとしたら、

孫に「わしも若い時はよくやったよわっはっはほどほどになー」

なんて悠長な事を言うはずだ。



孫の代までギャンブルで苦労してしまえばいいのに。と思う。

冗談だけどさ。


さて、

ここまで書いてきて俺の記憶が蘇る。

あれ?

なんか似たような記事書いたような記憶がある・・・

「禁パチ3ヶ月を越えたあなたへ」という「2015年09月02日」の記事で言っていた。

禁パチと戦争を比べていた。

自分のした事を忘れるなんてね。

俺はもうおじいちゃんなのかもしれない。

・・・

そう。

こうやって何度でも思い出そうじゃないか。

思考がブレていない証拠だと思って今日は締めようと思う。

もしも記事のトップ画像が「自己満レベル」だったら今日は100%だ。


今日も財布の金は減らない。

俺の禁パチ人生の展望
まずは「借金問題を解決する」こと。
そして「禁パチ中の暇を埋める」こと。
同時に「仕事の悩みを解決する」こと。
そして「将来に向けたお金の計画」を考える。

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