0%禁パチ我慢

パチンコは貧乏人製造機だ。

薄々わかっているつもりでも、まったく理解していない馬鹿が多い。

なぜ?

なぜ貧乏人製造機と言われるのか。

今日はそんな事を全力で考えてみたいと思う。


10円のギャンブルに熱くなれるのか?



精神を統一して、真剣勝負。一世一代の大勝負。

そんなギャンブルの賭け金はなんと10円。

それを聞いた全員が「あほらしい」と思うはずだよな。

「たったの10円かよ(笑)」
「馬鹿らしくてやってられないぜ(笑)」

ってね。

うん。

その言葉。

お前が世間から言われている言葉だ。


パチンコ勝ったぜ!
3万だぜ!
いえーい!

って。

こんな事聞かされたら、
一般人はさ、
10円のギャンブルと同じぐらいお前の事を馬鹿らしいと思うに決まってるだろ。

リスクがあるギャンブルをしたんだろ?
それで得た金額。
喜んでいる金額。

まるで子供が10円拾って喜んでいるようだ。

いい大人がパチンコで勝った金額で何ができる。
言ってみろ。



パチンコで貧乏になった人と最初から貧乏人



貧乏人にとって、パチンコで勝てる3万は大金だろうね。

だから、なけなしの千円札を一生懸命サンドに入れる。

でもさ、

もっと貧乏になる。


パチンコさえしなければ人並みの貯金があった人はさ、

減ってしまったパチンコの負け分を取り返したくてさ、

なけなしの一万円札を一生懸命サンドに入れる。

でもさ、

もっと貯金は減っていく。



この中から、足を踏み外す馬鹿が出て来る。

ギャンブルで借金だ。

貧乏人がどんどん製造されて、どんどん脱落していく。

貧乏人は精神力が弱い。

だから、
自分への甘さは国宝級だ。

「イライラした」「嫌なことがあった」「暇だった」「なんとなく」

こんな理由で貴重な金をどんどん溶かす。

パチンコがあったから貧乏になったのか?
最初から貧乏人なのか?

最終的には貧乏人になるように作られているんだから、そんなのは関係ないわな。


大衆の娯楽と刷り込まれたパチンコ業界



そもそも娯楽とは?
「人間の心を仕事から解放して楽しませ慰めるもの。」だそうだ。

おいおいおいおい。

パチンコを大衆娯楽というなら、
「多くの人間の脳みそをぶっ壊して仕事を忘れる対価で高額な金銭を失うもの」
に変換しなきゃいけないな。

パチンコ屋の客の顔を見たことがあるか?

楽しそうに笑ってるのは誰だ?

年金生活の老人と店員ぐらいのもんだろ?

とんでもねぇ娯楽だな。

犯罪の温床で、事件事故は日常茶飯事。
青ざめた顔で店内から出ていく青年。
人として最低限の営みを逸脱した生活。

とんでもねぇ娯楽だな。
これが大衆の娯楽なんだって?

もともとは大衆娯楽だったかもしれない。
でも大衆というのは過去の話だ。

今パチンコ店に残っている奴を大衆と呼ぶ不自然さに一刻も早く気付けよ。



大衆娯楽と刷り込まれ、夢に大金を払う仕組み



俺はさ、大衆娯楽に依存していたはずなのに、友人とはどんどん疎遠になった。

大衆娯楽のはずなのに、話が合う奴がいないんだよ。

だから一人で完結するパチンコにどんどん依存した。

大衆がやってる事だから、
自分が特別おかしいとも思わないままね。

だけどさ、

気付いたら「パチンコ依存症」になってた。

もうパチンコの大当たりを見ないとイライラする脳みそになってた。

解消する為なら、
財布が空っぽになるまで使い込んだ。

勝ちさえすれば・・・
脳は喜んで、財布も温まる。

勝ちさえすれば・・・
勝ちさえすれば・・・

頭の中に描くのは、パチンコに勝つ事だけ。
勝って勝って勝ちまくって、仕事をしなくても裕福になれるとまで考えた。

パチンコに勝った日の帰り道なら、
空でも飛べるんじゃないかと思えるほどの身軽さだった。

見れるだけの夢は見せてもらった。

そろそろ、現実に戻らないとまずい。

・・・

そんな心の声もずっと無視してきた。

だって、大衆娯楽なんだからさ。深く考える必要なんてないだろ?





取り返しがつかないぞ。

大衆娯楽じゃない。

少数奈落だ。


今日も財布の金は減らない。

俺の禁パチ人生の展望
まずは「借金問題を解決する」こと。
そして「禁パチ中の暇を埋める」こと。
同時に「仕事の悩みを解決する」こと。
そして「将来に向けたお金の計画」を考える。


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伊藤邦生
KADOKAWA

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