0%禁パチ我慢

パチンコのやめ方。

どれだけ多くのパチンコ依存症が探し求めているんだろうか。

そりゃさ、

「パチンコがやめたいのにやめれない」という感情で埋め尽くされるわけだから、「やめ方」を模索する事はとてもよくわかる。

でもさ、

パチンコのやめ方って何通りもあるのか?って話なんだよな。


いきなり答えみたいな事を言っちゃうけどさ、

「何の為に?どんな方法で?何を実現する?」

これが人間の行動パターンじゃんか。

何でも当てはまるよな。

「生きる為に料理をして食事を実現する」

うん。

ダイエットしたい場合はどうだろう。

「10kg痩せる為に運動してダイエットを実現する」

うん。



さて、パチンコのやめ方を探すってのはどういう事なんだろう?

「自分と家族の為に○○○してパチンコをやめる」

そう。

この○○○探しの旅なんだよな。



でもさ、



もう一回最初の例で考えてみると、○○○の部分だけは十人十色だって事に気付く。

「生きる為に外食をして食事を実現する」
「10kg痩せる為に食事制限してダイエットを実現する」

これでもいいじゃんか。

つまり、

○○○に答えなんてないんだよ。

探しても無駄。とは言わないけど、正しいかどうかなんてわからない物しかない。



これはさ、

「10kg痩せる為に食事制限してダイエットを実現する」

という方法を知って実行したものの、食事制限で体調を崩して入院する人がいたらさ、
その人にとっては「参考にしない方がよかった方法を試してしまった事になる」んだよな。
しかもさ、反発で過食気味になっちゃったなんて事だって可能性はある。



さぁ。

本題だね。

今までの例から○○○を取っちゃえよ。

「生きる為に食事を実現する」
「10kg痩せる為にダイエットを実現する」

ほら。

一気に「なんとしても」という覚悟が見えてきた。

不思議だよな。



俺は「パチンコのやめ方」は一つだと思っている。

「認めて諦めて踏ん張る」だ。

そうだよ。

俺の糞ブログじゃ使い古した言葉かもしれないね。

「結局何を認めるんだよ!」
「結局何を諦めるんだよ!」
「結局何を踏ん張るんだよ!」
なんていう人もいるかもしれない。

でもさ、

何をってのは、自分が一番よくわかってんだよな。

家庭の状況、家族構成、借金の有無、性別、年齢、抱える悩み、性格、本気の度合い、この全部が人それぞれ違うのにさ、「パチンコのやめ方はコレだ!」なんて言い切れる方がおかしい。

つまりは、

一見抽象的な「認めて諦めて踏ん張る」に全てが詰まってるって事なんだよ。



だからさ、

自分なりの「やめ方」を見つけて俺にも教えてくれよ。

それが必ず誰かの「ヒント」になる。

最後には「パチンコのやめ方の答え」が見つかるのかもしれないね。



もう気付いてると思うけど、

パチンコにとっては○○○に入る言葉は後付けだって多い。

最終的に自分が成功した言葉しか入れる事ができないんだよ。

「家族や自分の為に踏ん張って禁パチを実現した」

こうやって言えるのは、踏ん張って禁パチした奴だけ。



今日も財布の金は減らない。

俺の禁パチ人生の展望
まずは「借金問題を解決する」こと。
そして「禁パチ中の暇を埋める」こと。
同時に「仕事の悩みを解決する」こと。
そして「将来に向けたお金の計画」を考える。



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