0%禁パチ我慢

「パチンコで遊んでくる」
こんな風に出かける人も少なくないよな。

こんな台詞を聞いたら、
笑いを堪える準備が必要なんだよな。

だってさ、
「本当は遊ばれてくる」のだからね。


絶対に当たらないハズレの時なのに。

赤文字だ!激アツだ!チャンスアップだ!

いけーーーーー!

あ・・・

あぁ・・・

くっそーーーーー!

って。

何に熱くなっているのだろうか。

パチンコ依存症なら誰にでも経験がある
「台に遊ばれた」
という現象だね。

まぁ、

ゲーム性のあるギャンブルだから、
こんな演出はあって当然だろうけどさ。

他の公営ギャンブルでこんな真似したら暴動が起きるわな。

別に公営ギャンブルを良しとするわけじゃないけどさ、
ハンデはあっても最低限「公平」があって成り立つ物だよな。

釘とか設定とかさ、
仕組みがもうおかしいだろ。

そこに煽りまで加えたら、
そりゃ壊れる人間も出てくるわな。

厄介なのは、

煽りがないと、
とてもつまらない遊びだってこと。
客がお金を使わないってこと。



つまりさ、

煽られて、
不利な状況から勝つ事が気持ちいいと思ってしまうんだよな。
勝ち取る感覚。

そういう部分を「遊ぶ」と言うんだろうけど、
客観的に見たら完全に「遊ばれてる」わけだ。



だってさ、

今日はどれだけ回しても絶対当たらないパチンコがあったらどうなると思う?

それでも知らない客は座るんだよ。

新台なんかだったら間違いなく着席率100%だろうね。

顔を赤くして、
怒りにまみれても、
金を突っ込むだろうね。

諦めた瞬間。

次の客。

打つ人間の心理なんて一つしかない。

「俺が出す」

だからな。



結局さ、

客の「当てたい」という気持ちを逆手にとって、
本当に当たらない仕組みに改造されてても、
それを「知ることさえもできない」んだよな。

いや、

そんな事ないとは思うけどさ、
金を使う上での「公平性」って物なんか皆無なんだわ。

それでいて、

当たらないのに、
当たりそうな素振りはOKなんだよ。

あれ?

遊んでんのどっちだっけ?

って感じじゃんか。



給料の3分の1程度を1日で奪われた日には、

人間が台で遊ぶのか?
台が人間で遊ぶのか?

なんて、
自問自答しちゃいそうになるよな。



勝つ時だってさ、

まるで「勝ち取ったような気持ちになる」けどさ、
「勝たされてる」わけだ。

大勝ちを知らないパチンコ依存症はいねぇもんな。
皆、勝たされて始まるんだよな。



まぁ、
俺もあったよ。

「今日のパチンコは面白かったなぁ」という日。

これもさ、
よく考えると、

普段は遊ばれてる物で遊べた満足感から楽しく感じる。
って事もあるだろうな。

「できない事ができた」喜びってやつだな。

お前はどうなんだよ。

パチンコで遊んでるのか?
パチンコに遊ばれているのか?


今日も財布の金は減らない。

俺の禁パチ人生の展望
まずは「借金問題を解決する」こと。
そして「禁パチ中の暇を埋める」こと。
同時に「仕事の悩みを解決する」こと。
そして「将来に向けたお金の計画」を考える。




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