0%禁パチ我慢

パチンコ依存症だと、時々訪れる感情があるよね。

「パチンコのない生活にしたい」
という感情。

そうは思っても「依存症」という名が付く物だから、
簡単には行動が伴わない。

でも、

その感情はパチンコをしている限り湧き上がってくる。


俺は、

喉から手が出るほど欲しかった、
「パチンコのない生活」
を勝ち取った。

最近になって、
ようやく言い切れる自分がいる。

とにかく、
普通の「平凡」が欲しかったのを覚えている。

でね、

禁パチして平凡を勝ち取った。

「パチンコで勝って浮かれる事のない日々」
「パチンコで負けて後悔する事のない日々」

最高のはずだった。



が、

待ち受けていたのは「平凡」じゃないんだよな。

びっくりしたよ。

愕然としたよ。





先日のコメント欄でこんな会話を拝見した。

「パチンコ借金完済して貯金100万になった」
ってね。

「禁パチして旅行が趣味になった」
ってね。

素晴らしいよね。

旅行が趣味なんて人生は他人から見ても「充実」してるじゃんか。

そうなんだよ。

「平凡」を越えて「充実」が手に入るんだよ。

俺なんてさ、

気付いたら、
職場が変わって、
年収も上がって、
一生懸命仕事しちゃってんの。

おっさんのくせにさ、
うまい食材に出会ってさ、
感動しちゃってんの。

あの暗い部屋で、
冷や汗ダラダラで、
呼吸を乱してさ、
立ち上がるのも困難な状況でさ、
負けたパチンコへの後悔を繰り返してた俺がね。



いいか。

現実が想像を越えてくるぞ。

覚悟決めた禁パチの倍速感。

どんな大当たりや出玉でも味わった事のないこの圧倒的な感覚。




あのさ。

「パチンコやめたら退屈」
「パチンコやめたら暇」

という感情が本気の覚悟を邪魔にしている奴。

今の俺から見れば、
パチンコほど退屈な物はない。
断言する。



「平凡な日々なんて飽きちゃう」
「パチンコの刺激がないとつまらない」

という感情が本気の覚悟を邪魔している奴。

負けた時だけ平凡を欲しがるくせに何言ってんだ。
パチンコの刺激しか知らねぇくせに何言ってんだ。



いいか。

「平凡に憧れる」
「平凡を願う」

この行為が何を意味するかわかるよな。

もう、

自分は、

平凡以下だ。

と認めている証拠だ。



いや、
俺も「平凡という名の最強の幸せ」も理解している。
人間最後はこの境地に行き着くことも知っている。

決して平凡を馬鹿にはしてはいけないよな。
「当たり前の日々」の幸せも痛感してる。

禁パチ初期の頃は「ただの平凡」が遠くて遠くて、
目眩がした事だって忘れてない。

でもここからは、
あえて言う。



やっぱりさ、
パチンコ依存症が欲しがる平凡ってのはどうしても低いんだよ。
なんとか生きれる程度を平凡にしちゃもったいないと思わない?


さっきの話だけど、
「パチンコ借金完済して貯金100万になった」
という方は次に200万になったら報告をくれると言ってくれた。

借金完済して得た平凡。
それでゴールではなく、
自分の人生や家族の人生を「充実」させる為の蓄えを次の目標にしたんだよな。

パチンコ依存症の地獄の経験を糧にして、
コツコツ貯める事を選んだ人間の強さと充実っぷりを垣間見たよ。



まぁこんな言い回しになっちゃったけどさ、
思い出せよ。

平凡に飽きてギャンブルを選んでしまった俺達。

つまりさ、
パチンコ依存症からの離脱には、
「充実」も必要なんだわ。

そりゃもちろん、
充実しすぎて疲れた芸能人が、
「平凡な一般人に戻ります」
なんて引退する特殊な例もあるけどさ。


えーと、

いくつめか忘れたけど、
100の掟の一つだろうと思ってる。

「平凡を勝ち取り充実を目指す」

いや、

「平凡を知り、充実を噛みしめる」

うーん。

掟に入れるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。


まぁ、

とにかくさ、

平凡を憧れる異常さに気付けよ。

どうせ憧れて願うなら充実だろ。

俺は以前の記事で「パチンコは底辺の遊びで間違いない」と言ったけど、

パチンコしながら平凡を夢見る奴は、やっぱり底辺だわな。



ところで、

禁パチで勝ち取りたいのは平凡なのか?

いいや。

充実だよな。


今日も財布の金は減らない。

俺の禁パチ人生の展望
まずは「借金問題を解決する」こと。
そして「禁パチ中の暇を埋める」こと。
同時に「仕事の悩みを解決する」こと。
そして「将来に向けたお金の計画」を考える。




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