0%禁パチ我慢

パチンコをしている時、いつも思っていました。

色々な人がいるものだと。

ビシッとスーツを着た人からパジャマのような若者まで

本当に多種多様な人種が結構いる。

みんなそれぞれ他人なわけですよ。




年齢も違うし、性別も違う。

仕事も違うし、立場も違う。

乗っている車も違えば、資金力も違う。



そういう人が集まっているはずなのに、

パチンコ屋の中での正義は・・・

「出玉」

になる。



たとえ財布に20万入れているおじさまがいても、

財布に5千円の俺のほうが「出玉」があれば不思議と勝ち誇れる。

おじさま自体も、俺の出玉に嫌な顔をするし、意識してくる。


現実世界でどんなに成功していても、

パチンコ屋の中では出玉こそ全て。



俺がどんなに良い服をきて、財布に何十万も入っていて、心に余裕のある紳士を気取っていても、

冴えない顔してヨレヨレの首元のロンTをきたような、薄汚い奴が隣に座ってスッと大当たりを引けば、完全に負けたような錯覚にさえなる。


それほどパチンコ屋の中では大当たりを引いた者が勝ち誇れる風習がある。

パチスロなんかだと、すごい演出でトイレに行って周りにアピールする奴もいる。


いや、

たまにはいますよ。

一人でそっと出玉を隠す人も。



でもやっぱり出玉こそが「その人の価値」と言わんばかりの戦いなんだろうね。



俺はこうして禁パチして、

当時を思い出してみるとさ、

今になって思う。

現実社会に出たらそんな勝ち誇れる瞬間なんて無に等しい奴。

そういう奴の方が出玉をアピールするパワーがすごいんだろうね。


それも一つの快感なんだろうなって。

それも依存する理由になる人がいるだろうし。

やっぱりパチンコの魔力は半端じゃないね。

俺は思うんだよ。

そうやって無意識にでも周りにアピールしている時の自分を客観的に見たらさ、

こんな恥ずかしいことなかなかないよね。

パチンコ屋にいる事実だって隠したいのに。

ちょっと出玉あるぐらいでドヤ顔しちゃってさ。

くわえタバコで足組んでさ。

あーーーーー

想像しただけで

くっそダセーーーーー

こっちが顔赤くなるほど「ださい」んですけど。

っていう感情だよ。




でもそういう環境にいればそれが格好悪いだなんて微塵も思わないんだろうね。

うん。

やっぱり脳みそが腐ってしまうのもわかるね。


だからさ、

パチンコ屋で周り見てさ、ドヤっている格好悪いやつよく見てみなよ。

自分はそれと同類なんだって噛み締めなよ。

誰も格好悪いなんて教えてくれないんだからさ。


今日も財布の金は減らない。

俺の禁パチ人生の展望
まずは「借金問題を解決する」こと。
そして「禁パチ中の暇を埋める」こと。
同時に「仕事の悩みを解決する」こと。
そして「将来に向けたお金の計画」を考える。

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